ささえる医療へー評論

  • 2012.08.31 Friday
  • 16:05
http://blog.goo.ne.jp/toip_hokkaido/e/78639d8d66e9883002a137e29d3bc9f0 医療の世界にパラダイムシフトが起きている。
一言でいうとキュア偏重から、キュアとケアとのバランスを取った医療へ。
寄り添い支える医療。病気ではなく人生を相手にするならば医療は黒子になり裏方になる。
そこで大切になるのは物語(ナラティブ)である。 
機能障害のみに目を向けるのではなく、活動や参加へも目を向ける。
そうすれば当然、地域づくりや教育、社会のありよう、文化というところまでカバーすることになる。
その実践が「在宅医療」だ。もちろん「精神医療」だってそうだ。 
私の学生時代からの師匠の一人であり、私がこの分野に飛び込むきっかけとなった村上智彦先生が「ささえる医療へ」という本を上梓された。 
「村で病気とたたかう(若月俊一)」が地域医療第一世代の、「地域医療の冒険(黒岩貞夫)」は第二世代の代表的著作とすれば、この本は地域医療第三世代のさきがけとなる本だろう。
第一世代、第二世代の内容もしっかり取り込みこれからの日本の医療のあり方を示してくれている。
その実践や思想の多くは必然的に若月俊一先生と重なる。
軽快な語り口でテンポよく一気に読んでしまった。
札幌からも函館からも遠い海辺の町、瀬棚(せたな)から、破綻した町、夕張へ。
村上智彦先生は常にメディアとともにあり全国への発信を絶やさず、離れていてもその動きは伝わってくる。
だから遠くにいても私も常に刺激をもらいつづけることができた。 
炭鉱都市の繁栄から急激な人口減少を経て過疎の山村になった夕張市。しかし行政組織などは縮小できず、赤字を垂れ流す大きな総合病院をかかえていた。その街にあえて飛び込み有床診療所と福祉施設をベースに医療再生をおこなった5年間の記録である。 
夕張希望の杜はベンチャー企業であり、常に闘ってきた。
特に行政組織と・・。そして地域や組織の内と外の有象無象と。その過程で憤ることも多かったが、私憤ではなく公憤であった。 
曰く、「権力者なのにちゃんとやらない人に怒っているだけです。」責任は取りたくないけど権限は欲しいという人たちを許せなかった。
官との協業で、公設公営で診療所を作った瀬棚での教訓・・・・。その後に公設民営のやり方を模索し湯沢町へ行ったが行政の公はやっぱり官だった。
それなら初めから住民参加の公をつくろう。官でも民でもない公でやるしかない。
住民がお金をだしあって会社を作り診療所を立て直すようなモデルを目指した。
総合病院を有床診療所と老人保健施設に転換した。
訪問診療や訪問看護など在宅の仕組みをつくっていった。 「診療所らしいというのは従来の総合病院から離れることです。」診療所らしいといえば、かつての佐久病院は大病院でありながらまるで診療所のようだった。
職員が仲がよく職種に限らず地域にも出ていきニーズに応えた。
病院祭や地域にでて寸劇をまじえた健診などをおこない医療文化を変えていった。農村医学として学問的にも裏付けをしていった。 
夕張では変革に対する反対もすごかった。さまざまな屁理屈をいわれた。妨害もされた。去っていく人も多かった。
このあたりも佐久病院での「赤い病院」「地下水グループ」「お上による農村医科大学の妨害」などとかさなる。 
しかし誰々憎しで批判しているだけだとそれ以上にはなれないものだ。文句ばかり言っている人間は、自分でやれよと相手にされなくなり、結局おとなしくなった。 
「高齢化もすすんで公が求められているのに、相変わらず官が出しゃばって、でもお金はないから民はこない。じゃあ公でやろうよって言ったらみんな違うというわけです。」「経営をする人にはとっても倫理観が求められていて、公を理解した人間同士がやらないとだめなんです、経営をするってことは、倫理観がなかったら終わりですよね。」「医療っていうのは収入がどうだとかではなくて、みんなのためにというか公共ですね、それを目指さなければだめなんですよ。」「無責任な人たちの議論に混じってやれば破綻するんで僕らはあくまでも公で行こうとしているだけなんです。」 「経営をやる人間と医療をやる人間は別だが、その人達がいつも喧嘩している姿を世間に見せることで、地域の人達に安心をあたえるべきだということです。」
『ディスカッション、ディベートがないと人間ってだめですね。対立はあったけども、結果的には良いものができて、最終的には住民が良いサービスを受けられればいいんです。」
かつては地域医療では先進地であったはずの長野県の当地域の現状、安曇総合病院の現状を考えると実に耳の痛い言葉が並ぶ・・・。 
確かに夕張は破綻した過疎の山村ではある。しかしもとから炭鉱の町、あるいは夕張メロンで有名であり、さらに全国に先駆けて破綻したことにより有名となり注目を浴びた。
高齢化が激しく財政難の夕張は日本の将来の縮図でもある。
夕張の住民は医療に丸投げで行政に依存的であり、お任せの態度になれきってしまっていた。ここならモデルをつくれるかもしれない。
そこでどう公を再生するか。
しかし、お金も暇も人もいない。その過程では強力なリーダシップで強引にやることもあった。 「仕事をシェアリングするとか、マルチスキル化など、まさにお金も人材もない場所での公という発想をもたなければなりませんね。」「仕事のシェアリングがすごく進んで事務の子が介護もやって検査もやって外来もやるようになった。」「ディの送迎に事務員もでてくるとか、役割をシェアリングしながら普段から職員全員が患者さんにたくさん接するようにしています。」それはLabor(いやいややらされる労働)ではなくWork(創造的な楽しんでやる仕事)だろう。
 そう、佐久病院の創成期のように。 メディアが牙をむかれたこともあったし、メディアを利用したこともあった。新聞はある種権力者であろうとする、よほど意識して付き合わなければダメだと思った。テレビはセンセーショナルにならなきゃいけない宿命がある。
特に若い人達への訴追としてインターネットは必須ツールとして大きな力になった。自分たちがメディアをもつことになった。地方紙を意のままにできる役所にすれば誤算だっただろう。 そして救急医療の問題。「何かあったら命にかかわる。」この言葉に弱いんですよね。みんな。」 「高齢者だと何か必ずあるに決まっているんですよ。特に高齢者は、ほら救急車だ、さあ病院だということはならない。」「この問題は死をどう考えるか、という死生観の問題とも大きく関係しています。」「責任を取りたくないから救急にして預けちゃう。」 
下り坂となった社会でインフラとしての医療、社会保険をどう守るか。
その答えが「キュアからケアへ、戦う医療からささえる医療へ。」ということ。 
その方法論が在宅医療。しかし在宅は外にでた病院ではない。大切なのは高齢者が日常生活をとりもどすこと。
死を敗北ではなく必然と捉えて、(北澤先生の言葉をかりると「人生の集大成」)、自分自身で健康や人生を考え、自らも汗を書いて次の世代のことを考えるということ。 「高齢化っていうのは障害と共に生きることなんです。」「ある意味ケアっていうのは障害を受け入れることなんです。」「高齢者の問題は障がい者の問題と同じですね。ただ、みんなバリアフリーということを建物やハードで考えていますが、人のバリアフリーなんです。」 
キュアとケアの両方を習っている唯一の職種である看護師を前面にだし福祉を前面にたてて在宅医療に本気で取り組んだ。
口腔ケアなどにも力を入れ地域包括ケア高齢医療のモデルを示した。
破綻した病院から出発して、一気に先端としての地域医療へモデルをつくり広げた。藤沢町のこと、被災地支援のこと・・。全国に仲間も増え人も集まった。そして人材育成へ。破綻した街、夕張の医療を全国の医療モデルへ。これからは外の支援がメインだという。 
最後に教育というところに行き着くのは農村医科大学を目指した若月俊一と重なる。 
佐久病院で20年以上かけて作ってきた地域ケアの仕組みをわずか5年でつくりあげた。
しかし文化になるにはまだまだ時間はかかるろう。
その過程で実は佐久総合病院で育った医師も夕張で活動している。
そして村上智彦先生は若月賞を受賞している。 
公というのは住民側の問題でもある。
住民たちも権利だけを要求するのはおかしい。
たたかう医療では住民から見ると医療におまかせだったから自分で考えなくてもよかった。
ところが支える医療では住民も参加しなきゃならないから面倒臭い。
 若月俊一先生が言っていたことに「医療は文化である。」ということがある。
技術を持って地域に入り運動論としての地域医療を展開した。それはまさに文化をかえるということだろう。 「その地域で死んでもいいなって思えたら地域医療は充実します。」風の人である医師が土の人と交わることで風土が生まれる。
地域を変える3つのものはよそ者、若者、馬鹿者だそうだ。きたりっぽ(よそ者)であった若月俊一先生が信州で最後に母なる農村への愛、農なるものへの回帰に行き着いたように、この本にかかれている村上先生の実践からは根底に村上智彦先生の北海道への愛、地域への愛を感じた。 この本を読んで感銘をうけた方は是非「村で病気とたたかう(若月俊一著)」も並べて読んでみて欲しい。今なお古びていない内容に驚かされるだろう。

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