『地域医療の風雲児・故村上智彦氏の軌跡』

  • 2019.12.04 Wednesday
  • 20:09

『地域医療の風雲児・故村上智彦氏の軌跡』
ささえる医療のグランドデザインを描いた故村上智彦氏。
藤沢町民病院で、佐藤氏から地域医療を学んだ。

夕張市は財政破綻。
乞われた村上氏は、自ら1 億円を借 り入れて07 年に医療法人を設立。
病院を19 床の有床診療所に改変。
公務員として首長に翻弄さ れた瀬棚町の経験から、公設民営にこだわった。  
村上氏の片腕となったのが、医療法人ささえる医療研究所 2 代目理事長の永森克志氏である。
永森氏は佐久総合病院で研修した。
長野県は病院は 少なかったが、

住民健診の受診率向上に努め、 予防や早期発見を心がけ、健康に対する意識 を向上させた。
その中核にあり、専門医療に加 えて “最強の地域医療”を展開しているのが、佐久総合病院だ。

 

夕張では、村上氏は「『病院がないと健康が保 てない』と言うのは洗脳されている。

「超高齢社会 の医療モデルを示したい」と意気盛んだった。  
被害者意識 と権利意識が強い住民に対して、

救急車は緊 急時以外に利用しない、夜間でなく昼間に受診 する、

生活習慣改善のためになるべく歩く......と いった行動変容を促した。

 

2 0 1 2 年、村上氏は夕張を去り、岩見沢市に在宅支援診療所を開業。
夕張郡で 永森氏も夕張郡訪問クリニックを開業していた。 
2013 年、3つの診療所を、村上氏を理事長とする医療法人社団ささえる医療研究所の下、
「ささえるクリニック岩見沢」として統合した。
さら に、旭川市で 4 0 年以上、村上氏の父が続けて いた個人医院も法人に参加した。  
「ささえるクリニック岩見沢」の建物は、元は民 家で、自宅で最期を過ごしたいとバリアフリーに したものの病院で亡くなった高齢夫婦から譲り 受けた。(続く)

画像に含まれている可能性があるもの:1人、テキスト

画像に含まれている可能性があるもの:テキスト

画像に含まれている可能性があるもの:安藤 高夫、スマイル

日本の病院は決して「死に場所」ではない

  • 2019.07.19 Friday
  • 10:07

死の受容のプロセス 

キューブラー=ロス

 

第1段階 否認  大きな衝撃を受け否定する

第2段階 怒り  怒りを周囲に向ける

第3段階 取引  延命への取引 神頼み

第4段階 抑うつ 運命に対する無力さを感じ失望

第5段階 受容  部分的悲観と並行し受容して行く

         安らかな死を迎える

 

このプロセスには外国の宗教観が大きく影響している気がしますし、正直自分自身も含めてこの様な経過をたどる人を殆ど見た事はありません。

 

どちらかというと病院では 受容する前に亡くなったり、仕方なく諦めて静かに亡くなったり、自分では何もわからないまま亡くなったり、最期まで落ち込んで後悔しながら亡くなっていく事の方が多かった印象があります。

在宅医療を始めて初めて受容と言えるかどうかは分かりませんが、安らかに、静かに亡くなっていく方を見送る経験をしました。

特に日本の病院は決して「死に場所」ではない、

少なくとも「死に場所」として想定して作った訳ではなく

あくまでも「病気と戦うために検査と治療をやる場所」であって、

そんな中では未だに死は敗北でしかありません。

だから亡くなった方が裏口から出ていく事が多いのだと思います。村上

 

最強の地域医療から

無事父(村上智彦)の三回忌の法要

  • 2019.05.12 Sunday
  • 12:36

昨日、無事父(村上智彦)の三回忌の法要を執り行うことができました。
お忙しい中参列頂いた皆様、
来られなくとも悼んで下さった皆様、
誠にありがとうございます。

村上ひろあき

画像に含まれている可能性があるもの:1人、テーブル、室内

6年前に村上先生が書いた文:ささえるの始まりについて

  • 2019.04.28 Sunday
  • 22:57

6年前に村上先生が書いた文
ーーー
4月1日より医療法人社団 ささえる医療研究所 としてスタートしました。

何故?と思う方もいるかもしれません。
岩見沢で昨年8月にオープンした「ささえる医療クリニック岩見沢」はあくまでも村上個人開業の在宅支援診療所です。
私がまだ夕張で勤務していた時から、ささえる在宅医療を広げるために 栗山町で永森医師が夕張郡訪問クリニックを、由仁町で橋本医師がゆに訪問クリニックをすでに開業していました。
夕張市立診療所も一応民間の医療法人 医療法人財団夕張市立診療所だったのですが、
公設民営だった事や名前に市立が付いているせいで、
何かと文句を言われて本当にうんざりしていました。

個人でリスクを負いやっていても、
さも税金で食べているような印象があるらしく、
何かと文句を言われていました。

今度は民間で「公」を目指すために純粋に税金を納める個人開業をして、さらに繋がりを求めて岩見沢、栗山、由仁のクリニックを統合しました。

そのための新医療法人の設立です。

さらに旭川の個人開業で40年間続く個人クリニックにも参加してもらいました。

旭川のクリニックの参加には意味があります。
個人開業して長年やっている医療機関は、すでに地域の公、インフラの様になっています。
開業医と呼ばれる医療機関の多くは高齢化が進み、開業よりも勤務医を選ぶ医師が多くなったせいで廃院している所も多くなってきました。
そこで私達の様に地域の公を目指すクリニックとゆるく繋がる事で、いざという時に地域の医療が途切れたり、消滅する事を防ぎ、従業員をお互いに融通・交流したり、長年の地域の繋がりや経験を若い世代が学ぶという効果も期待できます。
個人クリニックでは医師が亡くなったりすると廃院になりますが、法人化する事でそれを防げますし、複数の医師が関わる事で研修の場としても機能させることが可能になります。地域の公とインフラを残す活動です。
岩見沢も閉院した直後のクリニックを継承し、地域としての公とインフラを残す活動ですが、
旭川はそれからさらに一歩進んだ活動です。
地域のインフラの老舗クリニックに訪問、ケアとの連携と言う地域にマッチしたものを加えて、『公』『インフラ』でありつづけるようにするのです。
この取り組みがうまく行けば、
日本中の『公』『インフラ』となっている個人の老舗診療所と地域を保つためにも役立つと思っています.
それが、
『医療にたかる』であげた日本中の問題点に対する
僕らささえる医療から見たの答えの一つです。
ワクワクしています。

「出来ない理由は言うな。出来る理由を考えろ」

  • 2019.04.26 Friday
  • 12:16

村上先生のエピソード
(事務っ山崎の旦那からの話。旦那さん山崎君は夕張で村上先生のもとでケアを学んだ)


○老健の相談員なのに髪を伸ばしてパーマをかけている姿を見て、

テニス選手のラファエルナダルにそっくりだと喜んでくれていました。

 

「出来ない理由は言うな。出来る理由を考えろ」

は今では自分の決め台詞になっているそうです。

 

画像に含まれている可能性があるもの:2人、座ってる(複数の人)、テーブル、室内、食べ物

 

山崎 博司 さんから:本当に村上先生から多くを学ばせていただき、経験させていただきました!
僕の大切な想い出です!

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